「駄菓子菓子」(だが、しかし)
大して面白くはないが、よく言ったものだった。
駄菓子というものは菓子に「駄」と付けている以上、普通の菓子とは違う、一段落ちるものという認識があるのだろうか。それは謙遜なのか、庶民派を狙った戦略なのか。子供の頃限られた小遣いで買うのがすごく嬉しかったし、おいしく思ったし、友達と家や外で食べるのが本当に楽しかった。お祭りや縁日が衰退したので、商圏をシフトしたのだろうか、コンビニやスーパーで時々コーナーが作られているのを見かけると、遠足なんかの思い出もよみがえってきて、つい手にとってしまう。
会計の時、金額を聞いて「え?こんなに買ったのにそれだけ?」と思ってしまう安さも健在だ。もっとも、社会人になって久しいいまの僕の金銭感覚は、小学生の頃とは違うわけで、よく見ると、いっこ10円で買えたと記憶しているガムなどが、消費税付きで21円になっているのは複雑な心境だ。
いまこの歳で見ると、自ら「おいしいよ」とか言ってるコピーや、古くさいセンスの漫画風の人物イラストを載せたパッケージもチープで笑ってしまう。味がまたこれ見よがしに甘かったり、ソース味や酸っぱいやつとかでも、なんかしら安っぽい。ドーナッツやカステラの類のすかすかした歯ごたえと微妙な油っこさ、そして歯にあたる砂糖の粒の感触。
懐かしい感じはするのだが、はっきり言ってとてもおいしいとは思えない。ひとつじゃ少ないかなと思ってふたつ買って、ふたつ目を食べるころには「うーん」。そしてものによっては軽く1年ぐらい保つことになっている賞味期限の圧倒的な長さ。
太りそう、身体に悪そう。なら何で買ってくるんだ、こんなに。ちょっと後悔したりする。毎回そんな調子だ。
いまの記憶や技術を保ったまま、「あの頃」に戻りたいなんて思うことがあったりする。でも、実際に青い猫型ロボットが手を貸してくれたとしても、駄菓子を食い過ぎで気持ち悪くなるように、案外「膝かっくん」となるものなのかもしれない。なんて思った。