小心者のSteve Jobs考
2006 : A Happy New Year!
100メートルのカーテンと巨大な布団
男の子向き
あけましておめでとうございます!
汝ら、「食い」改めよ
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暮らしやすい国No.1はアイルランド
駄菓子菓子
今年最大の事件は何と言っても震災や原発問題であると思うのだけれど、大変幸いなことに、僕の身近なひとではこの件に関して大きな被害を受けたひとがいない。

その意味では、最大の事件は前Apple社CEOのSteve Jobsの死去が一番大きかったかもしれないなと思う。友達じゃないから、死んで悲しいという感じじゃないけれど、その死によって業績が改めて評価され、僕らが既に革命の道具を与えられていることを思い知らされたことにその大きな意味を感じるのだ。
Steve Jobsは一企業のトップではあるけれど、彼自身が評伝の中で繰り返し述べているように、「テクノロジーとアートの交点」に立って、モノづくりを目指すものの精神を徹底して示したことにおいて、各業界のありかたと人びとの生活に計り知れない影響を与えたと思う。
いくつものドキュメンタリーが放送されているのでご覧になった方もあると思うが、考察が甘いモノや時間短縮のために歴史的事実を間違って伝えているものは観ていてイライラする。さすがに本人が協力してベストセラーになっているアイザックソン著の評伝は素晴らしかったな。

Appleの製品には新しい点がもちろん多々あるけれど、JobsとAppleがそのすべての技術を創造したわけではない。実際には世界中で産声を上げた新しい技術やモノやひとを上手につなぎあわせたのだ。その先見性のあるビジョンと、マーケティングやユーザ本位の思想をはるかに通り越して、まさに驚きや感動を与えるほどのセンス、そして思い切りよく無駄は切り捨て、必要なものには妥協のないモノづくりが出来たこと、それがすごいのだ。ソニー等にもできて良かったはずのことなんだが。
マイクロソフトもライバルのアイデアを盗んではより強力なマーケティングと物量でシェアを奪ってきたが、彼らにはどうもそういう人文科学と自然科学の交差点に立つようなビジョンやセンスがない。今現在何が儲かるかを見抜いてそれ実行する力があるだけで、文化や芸術の香りがしないのだ。同じ名称のソフトでも互換性に問題があったり、インターフェースがころころ変わってユーザが振り回されるところを見ればわかるではないか。単なる道具やビジネス習慣のレベルでとどまってしまうのだ。心までには届かないのだ。
こういう仕事の仕方はビジネスマンではなくむしろ職人や芸術家の範疇のものだ。Jobsの厳しい性格を批判するひともいるけれど、優れたひとと仕事に対してはちゃんと可愛がったり敬意を払うひとでもあるようだ。理想が高いと周囲の状況との間に困難を背負い込みやすいが、それを突き破るには「世界一の仕切り屋」とまで言われる強さも必要だったのだと思う。
あっという間に世界の主要な音楽出版会社の了解を取り付けたiTunes Storeや、世界中の通信会社を巻き込んで普及させたiPhoneなど、枚挙にいとまがない。
彼のような人のそばでいい加減な仕事をしようものなら徹底的に罵倒されることだろう。だが、こういうタイプは映画監督やプロデューサーの類には結構いるじゃないか。
彼は企業人でありながら、芸術家に近いタイプだったのだな。だから僕はシンパシーを感じるのだろう。僕はアートとテクノロジーの交点に立つような人を尊敬してきた。ビートルズやボブ・ディラン、YMOやデヴィッド・ボウイやピンクフロイドとかがそうだった。Jobsもそのアーティストとどこか似ている。
それは次の言葉からもよくわかる。
「なにが僕を駆り立てたのか。
クリエイティブな人というのは、
先人たちが遺してくれたものが使えることに
感謝を表したいと思っているはずだ
僕が使っている言葉も数学も、
僕は発明していない。
自分の食べ物はごくわずかしか作っていないし、
自分の服なんて作ったことさえない。
僕が色々できるのは、
同じ人類のメンバーが色々してくれているからであり、
すべて、先人の方に乗せてもらっているからなんだ。
そして、僕らの大半は、
人類全体に何かをお返ししたい、
人類全体の流れに何かを加えたいと思っているんだ。
それはつまり、
自分にやれる方法で何かを表現するってことなんだ。
だって、
ボブ・ディランの歌やトム・ストッパードの戯曲なんて
僕らには書けないからね。
僕らは自分が持つ才能を使って心の奥底にある感情を
表現しようとするんだ。
そして、その流れに何かを追加しようとするんだ。
そう思って、僕は歩いてきた」
(ウォルター・アイザックソン「スティーブ・ジョブズ」第2巻)

僕にとってはJohn Lennonの死やYMOの散開以来の衝撃だったかも。
ただ、ひとは逝ってもその影響は残る。
たったこれだけの時間で、世の中がこんなに変わったしまったではないか。
そして革命の道具は、既に僕等の手の中にある。
あけましておめでとうございます。
本年は昨年よりいっそうみなさまにシアワセがまとわりつきますように。
今年は早々と次のような展覧会を予定しています。頑張らねば。
●3月か4月頃:
「HAMAビエンナーレ」展〔at GalleryCoty/浜松市大平台〕
現代美術作家で「はままつ美術研究所」(通称・はま美)の主宰者でもある西条俊(さいじょう・しゅん)先生と、先生にいままでお世話になった皆さんの作品で構成されるグループ展です。その名の通り、今後2年に1度開催される予定のもので、今回がその第1回展となります。
参加者は既に作家として立派な活動をされている方から、現在も教室でお世話になっているひとまでいろいろです。僕は1999年からの4-5年間「社会人クラス」でお世話になった、出来の悪い生徒のひとりでした。
●8月頃:
「empty colours: "grayscale" 3rd edition」(仮題)展〔at GalleryCoty/浜松市大平台〕
2003年夏・2005年夏に引き続き、empty coloursとしての個展をまたCotyさんで開催します。また夏休みで佐鳴湖の花火大会がある時期に、新作を中心に「どどーっ!」と開催しようと思っていますが、果たしてどうなることやら。多分タイトルは引き続き"grayscale"展の3回目ということになすると思います。
●開催時期未定:
「empty colours: "hide-and-seek" chapter2」(仮題)展〔at (まだ内緒〜)/浜松市内〕
2005年秋に浜松市東伊場のカフェ・オルガンサンとの共同企画にて開催した、画廊でない場所での個展を再び別の場所で予定しています。この種の展覧会も"hide-and-seek"展としてシリーズ化して行く予定ですが、開催会場はその都度変わる予定です。
●実は..
まだ他にもいくつかお話はあるんだな、これが。ほんとに出来るのか、俺?
「どうなる?どうなっちゃうのよ、俺?続ぅく!!」
ってな感じです。
変更や後回し等の軌道修正はするかも知れないけれど、先に言っておきます(笑)。どうぞ、お許しください。とにかく、頑張ってみようと思います。
今年もどうぞよろしく!!
「眞鍋かをり」さんは今風の女の子タレントさんだが、実は横浜国大卒の才媛で、共著で株の本を出したりしている人だったりする。株の本は読んでないのでよく分からないが、多忙なタレント活動の合間を縫って彼女自ら更新している
ブログ「眞鍋かをりのここだけの話」はなかなか面白い。ニフティのブログ「ココログ」でもっとも人気のあるサイトのひとつだというので時々のぞいてみている。
女性の芸能人が自分のプライバシーを厳重に保護するのはあたりまえだから、きっとそれらしいことをゴーストライターが書いているのかと思ったら、本人が更新している。運のいい人はトラックバックをもらったりしているようだ。こういうのは珍しいかも知れない。
かをりさんは自分のことを「オイラ」と称している。でも賢い人なのだろう。休日にどこに行ったとか、そこであった出来事の話が多いのだが、ボキャブラリーがとても豊富で、いろんなところに視点が向くし、独特のユーモアがある。
友人や同い年の芸能人の結婚に動揺してへんてこな夢を見た話や、誤ってブログの以前の投稿を上書きしてブルー入ってたりする姿は、テレビの向こうの人という感じがしない。不思議とテレビの世界の話はあまり出てこない。そのせいか、なんだか友達のブログを見ているような気持ちになる。
いつもにこにこ可愛くしているのが仕事のタレントとしてはタブーなのかも知れないけれど、仕事に対して疲れてネガティブな気持ちになることがあることも、彼女なりの言葉で表現したりしていた項もあった。所属事務所からツッコミがあったのだろうか、一番病んでいた時期のものは現在見ることが出来ないようだが、その後の釈明やフォローの文章が読める。そこには、まず応援するファンへの感謝の気持ち、そして批判的意見へ「ごもっとも」と反省しながらも、「ここはブログの世界なのであって、『本音書かんでどうすんねん!』とも思うわけですよ。」とも返す威勢の良さ!! (@_@:)「こ、こいつ。ほおー。」
タレントさんとして特別興味があったわけではなかったのだが、上京したての頃の話なんかをだんだん読んでいくうちに、プロフィール(スリーサイズじゃなくて、ひととなりの)が見えてきて、なんだかとても共感をおぼえた。
かをりさんの色っぽいカッコの写真集の広告がブログの横に並んでいるのが、「オイラ」な文章とのギャップで、なんか滑稽な感じに見える。僕ら男性は女性タレントさんのほんの一面しか見ていないんだな。 _| ̄|○ 「反省」
関係ないけれど、かをりさんがカーテンを買おうとして、間違えて巾を「100メートル」といってしまうのに爆笑した。僕にも似た経験があったからだ。
以前僕は寝具メーカーに勤めていたのだが、担当していた店のセールのチラシを作ったときのこと。布団のサイズに誤植があった。
「高級羊毛敷きパッド(シングルサイズ) 100 × 210 km」
「キロメートル」とゆうのは、どうも中綿の重量(kg)とサイズ(cm)が混ざっちゃったものらしい。そんな途方もないサイズの布団、どうやって納品するんだと。
すごい数のトラックバックが付いているから、きっと、本人には読んでもらえないだろうけれど、僕も「オイラ」を応援しているぞ。(少しだけな)
僕はクルマのことは詳しくない。予算とステレオの音質と見た目で買ってしまうような凡人だ。去年の夏に買替える直前まで、ミニクーパーを英国車(*1)だと信じていて、ルパン三世が乗ってるやつ(*2)だと思い込んでいた無知蒙昧なやつです。
色やオプションをさんざん迷った揚げ句、結局僕が選んだのは、なんのことは無い、カタログの表紙になってるやつとおんなじではないか!(想像力無し)
だって、チリレッドのミニクーパー(@=@)が僕に向かって微笑んでたんだもん。いーじゃねーかよー。もうローン始まってるし。(ToT)
*1:英国ローバー社の伝統を受け継ぎつつも、製造販売は現在は独BMW社。もはやエアコンが無いとか、走ってて部品が落ちるとか言うことは無いのだ。BMWが聞いたら怒るぞ。知らないうちに僕はビーエム・オーナーになっていたのだった。びっくり。
*2:黄色のミニのサンルーフ開けて「ルパ〜ンしゃんしぇい!」「ふうじこちゃあああん」とかやるつもりでいた私は大馬鹿者です。あれはFIAT 500(チンクチェント)です。フィアット社製ですからイタリア車です。ひとっつも合ってません。0点。
ところで、そんな僕の友達には、なぜかクルマ産業に携わっている人が結構多い。またクルマ狂も何人かいる。そのうちのひとりのブログをご紹介しよう。
「おもちゃ箱」※「人気blogランキング」に参戦してるみたいなので良かったら投票してあげてください。
こういうクルマの模型、フィギュア?食玩?チョロQ?ミニカー?何て言うんだ、こういうの?あんまり興味ないのでよく分からないのだが、でも興味のある人には、きっと貴重なものとかあって楽しいブログなんじゃないだろうか。うん。
僕と違ってとうの昔に結婚し、今や2人のお子さんのパパでもあるその旧友は、きっと奥様に白い目で見られながらこそこそ小遣いをつぎ込んで集めたきたことであろう。それを想像しながらこの数と種類をみてると、悪いけど、僕は爆笑してしまう。
中坊になるかならんかの頃、僕は彼の家の近所に住んでいた。その頃、彼の部屋の本棚の上には「日産スカイライン」のカタログが天井に届くくらいに、そして驚くほど整然と置かれていたのを憶えている。
カタログはページが開く側と綴じられている側の厚みが違うので、垂直に積むために向きを互い違いに重ねてあった。だいたい、既にその時点で、そうでもしないと限られたスペースに収納できないくらいの分量だったのだ。それがどうも全部「スカイライン」らしいのだ。詳しくは無い僕だけど、もの凄いことらしいなとは思ったものだ。
クルマとは往年のグリコのオマケ的に言えば「男の子向き」の趣味であろう。オトコに生まれついた彼の性癖は、エスカレートすることはあっても納まることなど決して無いのだあろう。
奥様の寛容さに期待したい。(合掌)
悔しいから僕も1つ載せときましょうかねえ。
天丼のチョロQ(写真)。ネジ巻くと訳分かんない方向へ走ります。
同様のもので、寿司のシリーズもあった。ウニの軍艦がくるくる回って、これがほんとの「回転寿司」だとよ。くっだらねー。(じゃ買うなよなあ、俺)
皆さまにとって、本年は旧年以上の素晴らしい年でありますように。
いえ、それだけです。
サンリオのハロー・キティは今年2004年で30周年を迎えるという。ついにキティちゃんも三十路に突入したわけだ。まあ、サザエさんのタラちゃんがいつまでもいつまでも小学校に入学しないで居るように、キティちゃんもずっとこのまんまなんだろう。
そんなキティちゃんの生誕30周年記念と、どういう接点があるんだかよくわかんないんだけど、100周年を迎えた三越百貨店とのコラボレーションで、1050万円もするプレミアム・キティ商品が発売になったそうだ。その名も「
クイーン・ハロー・キティ」。
プラチナとダイヤをふんだんにあしらった、世界で一体だけの超激レア。過去最高額の商品だそうだ。しばらく買い手が付かなくて、誰か買うひといるのかなあと思っていたら、今朝FMのニュースで大阪の人が買ったときいた。
はあ、そうですか...何かすごい無駄遣いしている気がするんですけど。でもその人は、最高にハッピーなのかも。なら、よかったよかった。おめでとう。
ところが、上には上がいる。ホントに上なんだか、もしかしたら下なんだか、そのへんは定かではないんだが、とにかくすごい。まあ、リンクの記事を読んでみてください。
「
カビの生えた食べかけサンドイッチ、290万円で落札!」
「ばっかじゃねえの」って思うでしょ?普通。でもなんと、そのサンドイッチには「マリアさま」のお姿が浮かび上がっているんだと。そして、持ち主に様々な幸運をもたらした”奇跡のサンド”らしい。
なら、何でそれ手放してネット・オークションに出すんだよ。
わからん。買った奴も怪しい奴だし、売りに出した奴も「変」。
お金って妙なところに集まるもんだねえ。
トラックバック練習用仮ページ↑これは自動的に入った記述とアドレス。
アドレスは以下のものが勝手に入った。(<と>は本当は半角)
<a href=http://celts.exblog.jp/1108002 target="_blank">
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PING送信は何も指定しないで送信。
これはトラックバック練習用にあげた仮ページです。
予告無く編集・削除することがありますからね~
僕がどんな絵を描いているか知っている人には言うまでも無いことだが、僕が今一番行ってみたい国は「
アイルランド」だ。
今日、たまたまアイルランド情報のメールマガジンとYahoo!ニュースで、「英エコノミスト誌が世界111か国の1人当たり国内総生産(GDP)や政治の安定、治安、衛生状態、家庭生活などを基準に割り出した『暮らしやすい国』ランキングで、アイルランドが1位に選ばれた」というニュースを報じているのを見つけた。なんかちょっとうれしかった。世界第4位の1人当たりGDP、家族や共同体の温かいつながりを維持していることが評価されたと言うことだ。
アイルランドは
イギリスの隣の国だ。北極に近い小さな島国を思い浮かべているのなら、それはヴァイキングの国「
アイスランド」だ。違いますよ。大ブリテン島の西に浮かぶ島国で、北の約1/3はイギリス領で、残りがアイルランド共和国。緯度は樺太くらいの位置でかなり高いが、海流の関係で冬もそれほど寒くはなく、気候は北海道に近いという。主食はジャガイモ。そういう意味でも北海道だ。軽井沢のような気候だと形容する人もいるという。
ワールドカップ日
韓共催の頃、僕もにわかサッカーファンとなってアイルランドを応援していた。色男揃いの
スペインや
イタリアと比べると、ルックスはてんでさえない連中ばかりだったけど、点差が埋まらず「もうだめそうだな」と思ってみていると、最後まであきらめず、後半ロスタイムぎりぎりで同点ゴールを決めて、最後の最後に逆転というドラマチックな展開が何度あったことか。ゴールを決めたロビー・キーン選手の弓矢を射るようなポーズを今でも鮮明に覚えている。
結局「スター軍団」スペインに破れたものの、誇らしげに緑色の旗やシャツを高く掲げて選手を讚えるサポーターさんたちの姿に思わず目頭が熱くなった。スポーツ番組の解説者が、暴動さえ引き起こすことで当時警戒されていたイギリスのフーリガンと対比して、「サポーターのワールドカップがあったらアイルランドが優勝だ」といっていた。
アイルランドは19世紀にジャガイモの立ち枯れ病による大飢饉の悲劇を経験し、100万人が餓死、100万人が故郷を捨てアメリカなどへ移住したといわれる。
映画『タイタニック』でレオナルド・ディカプリオが演じた青年も、アメリカを目指した典型的なアイルランド系移民がモデルだ。『リバー・ダンス』の中の「アメリカン・ウエイク」のシーンで村人が大勢で踊るフォーク・ダンスは、ただのお祭ではない。新大陸アメリカへ渡り二度と再び会うことなく生き別れになるであろう仲間を、明るく盛大に送り出すためものなのだ。だから「アメリカのお通夜」と呼ばれたのだという。
アイルランドは20世紀後半までは移民大国で、ユダヤ人や中国の華僑とはちょっと趣は違うけれど、アイルランド系の人々もまた世界中に散らばって活躍している。そのため政治的・経済的には大きな影響力があり「見えない大国」という人もいる。歴代のアメリカ大統領も半分ぐらいはアイリッシュの血が流れている人であるとか。
イギリスとの政治的・宗教的にこんがらがった関係から北アイルランド(*ベルファストを中心地とする「北アイルランド」はイギリス領。アイルランド共和国ではなく英国です。混同してる人が多いので念のため)でのIRAのテロ活動など、あまりいいイメージはない人もいるかもしれない。
それ以外は一般には印象の薄い国だろう。阪神淡路の大震災の時、世界で最初に我が国に復興援助を申し出たのは、この小さなカトリックの国であることはあまり知られていない。マッカーサー時代を除いて外国に国際援助をすることはあっても、外国から支援を受けることはなかった我が国の外務省は、この温かい申し出を断ってしまったそうだが。
EU統合の機会を上手くとらえ、首都ダブリンを特別な経済地域として外国企業を誘致して経済発展を遂げているという話は何か別のところで聞いていた。今景気は以前に比べてかなり好調なようで、「地球の歩き方」のような旅行ガイドにも「景気が良くなってきた分、ホテル代や食費など物価が高騰している」と書かれるほどになっている。今回の調査はそんなアイルランドの変化を裏付けている。
行って見たいところは多いけれど...アイルランド、いつか必ず訪れてみたいと思っている。
ちなみに、今回のランキングの結果を拾っておこう。
2位は
スイス、3位は
ノルウェー。ベスト10カ国のうち、6位の
オーストラリア以外は欧州の中小国だったそうだ。日本は17位で、
USAが13位、
フランス25位、
ドイツ26位、イギリス29位など、主要国は中ランクにとどまった。
中国60位、
ロシア104位。111カ国中「最悪」の111位は、ムガベ独裁政権下の
ジンバブエ。そんなひどいとこなんだろうかと思って外務省の「海外安全情報」とか見てみると、洒落にならない状態らしい。なお
北朝鮮は今回のリストに入っていない。「最悪」以下というより「論外」ということか。
タダで連れていかれても僕は住みたくないね。いえ、何でもないです。
「駄菓子菓子」(だが、しかし)
大して面白くはないが、よく言ったものだった。
駄菓子というものは菓子に「駄」と付けている以上、普通の菓子とは違う、一段落ちるものという認識があるのだろうか。それは謙遜なのか、庶民派を狙った戦略なのか。子供の頃限られた小遣いで買うのがすごく嬉しかったし、おいしく思ったし、友達と家や外で食べるのが本当に楽しかった。お祭りや縁日が衰退したので、商圏をシフトしたのだろうか、コンビニやスーパーで時々コーナーが作られているのを見かけると、遠足なんかの思い出もよみがえってきて、つい手にとってしまう。
会計の時、金額を聞いて「え?こんなに買ったのにそれだけ?」と思ってしまう安さも健在だ。もっとも、社会人になって久しいいまの僕の金銭感覚は、小学生の頃とは違うわけで、よく見ると、いっこ10円で買えたと記憶しているガムなどが、消費税付きで21円になっているのは複雑な心境だ。
いまこの歳で見ると、自ら「おいしいよ」とか言ってるコピーや、古くさいセンスの漫画風の人物イラストを載せたパッケージもチープで笑ってしまう。味がまたこれ見よがしに甘かったり、ソース味や酸っぱいやつとかでも、なんかしら安っぽい。ドーナッツやカステラの類のすかすかした歯ごたえと微妙な油っこさ、そして歯にあたる砂糖の粒の感触。
懐かしい感じはするのだが、はっきり言ってとてもおいしいとは思えない。ひとつじゃ少ないかなと思ってふたつ買って、ふたつ目を食べるころには「うーん」。そしてものによっては軽く1年ぐらい保つことになっている賞味期限の圧倒的な長さ。
太りそう、身体に悪そう。なら何で買ってくるんだ、こんなに。ちょっと後悔したりする。毎回そんな調子だ。
いまの記憶や技術を保ったまま、「あの頃」に戻りたいなんて思うことがあったりする。でも、実際に青い猫型ロボットが手を貸してくれたとしても、駄菓子を食い過ぎで気持ち悪くなるように、案外「膝かっくん」となるものなのかもしれない。なんて思った。
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