今年最大の事件は何と言っても震災や原発問題であると思うのだけれど、大変幸いなことに、僕の身近なひとではこの件に関して大きな被害を受けたひとがいない。

その意味では、最大の事件は前Apple社CEOのSteve Jobsの死去が一番大きかったかもしれないなと思う。友達じゃないから、死んで悲しいという感じじゃないけれど、その死によって業績が改めて評価され、僕らが既に革命の道具を与えられていることを思い知らされたことにその大きな意味を感じるのだ。
Steve Jobsは一企業のトップではあるけれど、彼自身が評伝の中で繰り返し述べているように、「テクノロジーとアートの交点」に立って、モノづくりを目指すものの精神を徹底して示したことにおいて、各業界のありかたと人びとの生活に計り知れない影響を与えたと思う。
いくつものドキュメンタリーが放送されているのでご覧になった方もあると思うが、考察が甘いモノや時間短縮のために歴史的事実を間違って伝えているものは観ていてイライラする。さすがに本人が協力してベストセラーになっているアイザックソン著の評伝は素晴らしかったな。

Appleの製品には新しい点がもちろん多々あるけれど、JobsとAppleがそのすべての技術を創造したわけではない。実際には世界中で産声を上げた新しい技術やモノやひとを上手につなぎあわせたのだ。その先見性のあるビジョンと、マーケティングやユーザ本位の思想をはるかに通り越して、まさに驚きや感動を与えるほどのセンス、そして思い切りよく無駄は切り捨て、必要なものには妥協のないモノづくりが出来たこと、それがすごいのだ。ソニー等にもできて良かったはずのことなんだが。
マイクロソフトもライバルのアイデアを盗んではより強力なマーケティングと物量でシェアを奪ってきたが、彼らにはどうもそういう人文科学と自然科学の交差点に立つようなビジョンやセンスがない。今現在何が儲かるかを見抜いてそれ実行する力があるだけで、文化や芸術の香りがしないのだ。同じ名称のソフトでも互換性に問題があったり、インターフェースがころころ変わってユーザが振り回されるところを見ればわかるではないか。単なる道具やビジネス習慣のレベルでとどまってしまうのだ。心までには届かないのだ。
こういう仕事の仕方はビジネスマンではなくむしろ職人や芸術家の範疇のものだ。Jobsの厳しい性格を批判するひともいるけれど、優れたひとと仕事に対してはちゃんと可愛がったり敬意を払うひとでもあるようだ。理想が高いと周囲の状況との間に困難を背負い込みやすいが、それを突き破るには「世界一の仕切り屋」とまで言われる強さも必要だったのだと思う。
あっという間に世界の主要な音楽出版会社の了解を取り付けたiTunes Storeや、世界中の通信会社を巻き込んで普及させたiPhoneなど、枚挙にいとまがない。
彼のような人のそばでいい加減な仕事をしようものなら徹底的に罵倒されることだろう。だが、こういうタイプは映画監督やプロデューサーの類には結構いるじゃないか。
彼は企業人でありながら、芸術家に近いタイプだったのだな。だから僕はシンパシーを感じるのだろう。僕はアートとテクノロジーの交点に立つような人を尊敬してきた。ビートルズやボブ・ディラン、YMOやデヴィッド・ボウイやピンクフロイドとかがそうだった。Jobsもそのアーティストとどこか似ている。
それは次の言葉からもよくわかる。
「なにが僕を駆り立てたのか。
クリエイティブな人というのは、
先人たちが遺してくれたものが使えることに
感謝を表したいと思っているはずだ
僕が使っている言葉も数学も、
僕は発明していない。
自分の食べ物はごくわずかしか作っていないし、
自分の服なんて作ったことさえない。
僕が色々できるのは、
同じ人類のメンバーが色々してくれているからであり、
すべて、先人の方に乗せてもらっているからなんだ。
そして、僕らの大半は、
人類全体に何かをお返ししたい、
人類全体の流れに何かを加えたいと思っているんだ。
それはつまり、
自分にやれる方法で何かを表現するってことなんだ。
だって、
ボブ・ディランの歌やトム・ストッパードの戯曲なんて
僕らには書けないからね。
僕らは自分が持つ才能を使って心の奥底にある感情を
表現しようとするんだ。
そして、その流れに何かを追加しようとするんだ。
そう思って、僕は歩いてきた」
(ウォルター・アイザックソン「スティーブ・ジョブズ」第2巻)

僕にとってはJohn Lennonの死やYMOの散開以来の衝撃だったかも。
ただ、ひとは逝ってもその影響は残る。
たったこれだけの時間で、世の中がこんなに変わったしまったではないか。
そして革命の道具は、既に僕等の手の中にある。