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Brian Wilson "SMiLE"

ブライアン・ウイルソンの「SMiLE」。いつの間にかそんなものが出ていて驚いた。

「SMiLE」はビーチボーイズが完成できずに幻に終わった伝説の作品だ。イギリスのビートルズに張り合ってアメリカのビーチボーイズが制作を試みた野心作だったものの、当時としては実験的すぎる作風がそれまでのビーチボーイズのヒット曲とはあまりにも路線が違っていた。それゆえ、ウレセン至上主義のレコード会社との対立、ブライアン・ウイルソンと他のメンバーとの方向性を巡る葛藤、ファンの期待に応えたいという良心から来る重圧、その他もろもろで頓挫してしまったのだ。

ブライアンは心を病みドラッグにおぼれ、ビーチボーイズは卓越したソングライターとしてのブライアンと、ライブバンドとしての他のメンバーたちの活動との二重構造の体制に移行していく。

それでも、主な曲は「Smiley Smile」を始めとするいくつかのアルバムでバラバラに発表された。それらの質の高さから、これらがもし、きちんとまとまった作品、つまりアルバム「SMiLE」として完成されていたら、ビートルズの「サージェント・ペッパー」を超える傑作になっていたのではないかと、フォンの間では語りぐさになっていたものだ。

もともと僕はビーチボーイズへの思い入れはそれほど強くない。僕はイギリスのギターバンドが好きだからね。それでも、「pet sounds」と「Smiley Smile」は特別な作品だと思う。そう思うだけに、37年もたって今さらソロ名義で出されたこの作品が、「あっちゃあ」な作品になってないかすごく心配だった。だから先に買った友達に借りて聴いた。

声は老け込んではいなくて良い声なのだが、さすがに37年前のあの透明感のある声ではなくなっている。「Surf's Up」などの一番高い声は他のヴォーカリストがアシストしているように聞こえた。ポール・マッカートニーがあの声を維持しているのが奇跡的なことであり、ジョン・レノンがああいう形で声を永遠に留めたのは運命的なことであり、ボブ・ディランが始めっから悪声をトレードマークにしているのは確信犯的なことなのだろうか。

サウンドは凝っているが、イギリス人の凝り方とアメリカ人のそれとはだいぶ雰囲気が違う。子供向けの番組の冗談音楽やコミカルなホラーアニメとかにも出てきそうなサウンドもあって、いかにもアメリカ的。フランク・ザッパとか好きな人はハマるんだろう。いずれにしても、ブートレッグやボーナストラックでさんざん聴いてきた「オリジナル」(67年当時の音源)と、意外なほど大きく違わないサウンドは、本当に録り直したのだろうかと思うほどだ。

その分声の変化と、歌詞が変わっているところが気になってしまった。特に解説でオリジナルの歌詞に戻したというような記載のあった「Good Vibrations」に違和感を感じた。

とにかく既にビーチボーイズ名義で出ている作品は、さんざん聴き慣れてしまっているせいか、良くある解散後何十年もたって再結成されたバンドの企画ものアルバムで、目玉として昔の代表作の2004年ヴァージョンが入ってますよ!みたいな感じに「軽く」きこえなくもない。「いい曲だなあ」と思う自分が半分、「これでいいのだろうか」と思う自分が半分。

結局、これはビーチボーイズではなくてブライアン・ウイルソンのアルバムなんだな。もう一度ビーチボーイズでやろうと思っても、もはやデニスもカールもこの世に居ないのだ。

解説によると、演奏することを渋っていたこの時期の作品を、ほほえましいエピソードがきっかけになってブライアンが演奏しだし、やがてツアーを経由してこのアルバム制作へと進んでいったという。そんな経緯からも、伝説の作品の37年ぶりの「完成型」というより、ブライアンの心の旅の最後の課題、永年のしこりになっていたトラウマに対するオトシマエだったのかもしれない。

ツアーやアルバムの制作を通してによって心の負担が軽くなったのだろうか。いままで聴いていたブートや「Smiley Smile」の音源はどこか病的で袋小路に入ってしまうような重さ・暗さがあったが、この作品では「Good Vibrations」で大団円を迎えるせいか、より明るくて本当に「スマイル」しているようにも聞こえた。当時の構想として「SMiLE」は「Surf's Up」でしめるはずだったんじゃないかという説もあるが、だとするともとはかなり印象の違う作品だったはずだ。「pet sounds」が「Caroline No」で終わっているのの何倍もヘヴィーだったかも。ある意味、病的な部分こそこの作品の魅力であったとすると、この作品の評価は難しい。

考えてみると、近年ビートルズがフィル・スペクターによるオーケストラを剥ぎ取った"Let It Be Naked"を出したり、ピート・タウンゼントが膨大なフーの音源や映像を整理して発表してるのも、ブライアンにとっての「SMiLE」と同じ性質ものと考えて良いのかも。早死にするだけが天才じゃないということは、あとから生まれてきたものにとって希望でもある。生き残ったからこそ出来ることもあるのだ。

37年後のいま、とてもポジティブな形で難題を乗り越えたブライアンの勇気と熱意に敬意を表したい。ビーチボーイズは「軽い」。それはフーやストーンズみたいに攻撃的なロックというよりは、むしろポップス的な親しみやすさがあるという意味でだ。だからこそ、苦しみや重々しいものが作品と作者の背景にあっても、それを表に持ってこないスタンスこそ、彼にとって最もふさわしい解決だったのかもしれない。
by celtcelt | 2004-10-25 23:22 | 音楽

"empty colours"雑記帳


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